『富士門家中見聞』(以下『家中抄』と略称)は上中下巻からなり、そこには日蓮真蹟(遺文・本尊)に関する当時の情報が多く含まれいる。それについては、これまで令和6年3月・4月、令和7年3月・4月のコラムにおいて述べてきた。
そこで今回は、改めて本書の伝存状況について考えてみたい。そのきっかけとなったのは、現在、大石寺所蔵となっている中巻正本の全体を確認することができたことによる。
◎これまでの見解
『家中抄』の伝存状況は、その正本が上巻(二丁前欠)と中巻(草稿本)のみが現存するとしてきた。その根拠は『富士宗学要集』第五巻・『富士学林教科書 研究教学書』第六巻によるものである。
『宗学要集』に、上巻は「本山正本再治本に依る、但し首ノ二丁欠失」、中巻は「正本無きが故に〈正本は少しくあり〉」、下巻は「正本を見ず」とあり、これによって上巻(前欠)正本の存在が確認される。
次に『研究教学書』の[富士門家中見聞稿本零編]の項に、「現存家中抄〈明暦三〉ノ正本」とあり、中巻(草稿本)の存在が確認される。
そこで、同じく『家中抄』の全文を掲載する『日蓮正宗 歴代法主全書』第二巻によると、中巻の伝存状況の記述が『宗学要集』の内容と異なっている。上巻「正本 大石寺蔵」、中巻「正本 大石寺蔵」、下巻「写本 大石寺蔵」とあり、中巻の正本が大石寺所蔵となっている。
はじめは、単なる誤植と思っていたが、中巻に関しては『宗学要集』・『研究教学書』の両書と『歴代法主全書』に相違があることを確認した。そのことが、『家中抄』の伝存状況を把握しずらいものにしていた。
◎巻頭図版の比較

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左が『研究教学書』の巻頭図版、右が『歴代法主全書』の巻頭図版である。同本(大石寺所蔵本)であるにもかかわらず、『研究教学書』には「写本」、『歴代法主全書』には「日精上人筆」とある。
はたして、中巻の大石寺所蔵本が写本か正本かということについて、今度は正本(草稿本)の画像を挙げて確認してみたい。

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中巻正本(草稿本)と大石寺所蔵本の筆致を比較すると、一見して同筆であることがわかる。さらに、文字対照をすれば一目瞭然である。したがって、巻頭図版に掲載される大石寺所蔵の中巻は正本と判断される。
それにしても、『宗学要集』と『研究教学書』は大石寺所蔵の正本中巻をどうして取り扱っていないのかが疑問である。いずれにせよ、『家中抄』の伝存状況は、上巻(二丁前欠)・中巻・中巻(草稿本)の正本が現存していることになる。すべて大石寺所蔵である。
◎大石寺蔵『家中抄』中巻(正本)について

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上写真は、今回正本として再確認した中巻の表紙である。
「本山十八世當寺開山 日精上人述作本書 常在寺重寳/久遠阿本壽院日量/助所 孝道日久/文化八〈辛巳〉年/六月十三日/奉寄附之」
とある。
ここには、本書は大石寺十八世・常在寺開山の日精上人によって述作され、「常在寺重宝」であったことが示されている。この記述は「久遠阿本寿院日量」(のちの大石寺48世)によることが示されている。そして、文化八年(1811)に「奉寄附之」とあり、この時に常在寺から大石寺に寄附されたことが窺える。
本書は、六十丁からなり、構成は日目伝から日助伝までとなっている。途中の「日毫(日郷)」は空白になっており、巻末には日精の花押が二つ確認される。
あらためて『宗学要集』・『研究教学書』・『歴代法主全書』の中巻部分を確認すると、『宗学要集』と『研究教学書』は写本に依っており、『歴代法主全書』だけが正本をもって翻刻している。
最後に日精の歴世について、現在は「大石寺十七世」と定められているが、中巻正本の表紙には「本山十八世」とある。これを記した日量は、『家中抄』を継承するように『続家中抄』を執筆している。その日量がなぜ十八世と記しているのか、日精の歴世についてはまた次に述べてみたいと思う。(渡邉)


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