今回は『注法華経』の中、開経の表に集録されている「止観記三」の引用について紹介してみたい。
山中喜八氏は『定本注法華経』にて、『注法華経』に引用されている文章を逐一それぞれの大蔵経の原典に当り「出典別索引」を付録されている。そのうちの日本撰述部の中には「不現伝」とされている書目がいくつかあるが、その書目の一つに「止観私記 [略]止観記 [蔵]不現伝・・・開-117」とあって、その存在は確認されていないようである。そこで現存の天台宗の書籍を網羅した『昭和現存天台書籍綜合目録』(渋谷亮泰編、以下『渋谷目録』)を見てみると、上巻の49頁上段に以下の書目が記載されている。すなわち、
止観私記 Shi-kwan-shi-ki.
イ②一巻存 ③大 ⑤前唐院撰 ⑧承応二年 舜興写 ⑨正教蔵-法華-八
ロ②一巻 ③中 ⑧文政庚寅 敬長写 ⑨南溪蔵-味 ⑩止観巻三ヨリ十マデ
〔参考〕慈覚撰
(釈教目録)止観記十
(台祖密目)止観私記(台。釈云止観記或)
(龍堂録)(謙順録)止観私記十巻
というものである。『注法華経』で集録引用されている「止観記三」は、上記『渋谷目録』所載の書目ではないかと思われる。このたび当該書目、西教寺正教蔵の『止観私記』の複写コピーしたもので確認することができた。さらには、既に20年ほど前に藤平寛田氏による「前唐院撰『止観私記』について」(「平安仏教学会年報」第三号)と題する詳細な論考があるので、その解題・書誌等を参考にしながら報告してみたい。
まず前唐院撰『止観私記』の内容については、『摩訶止観』(十巻)の文章についての解説、あるいは内容についての問答、所々には「私謂」として私見を述べたりと、いわゆる「私に記しおいたもの」といえそうである。藤平氏の論文によると、宝地房証真撰の『止観私記』冒頭部分には当該書目に関する次の記述があるとしている。すなわち、

との文章である。ここには「慈覚大師(円仁)草」とされる、真偽未詳の止観に関する「古記」というのがあったと記し、また同じく証真撰の『法華疏記私記』(仏全22、11上)にも「止観古記云」として『止観私記』(下記目次第三巻(23)の「九十五種外道事」)を引用しているようである。「九十五種外道事」については政海撰の『一乗論談抄 八下』(「興風叢書〔25〕」432頁)にも引用されている。
以上のように前唐院撰の『止観私記』は、証真撰「三大部私記」や政海撰『一乗論談抄』に、またそれ以外にも『法命集』・『雑々抄』・「三大部伊賀抄」等広く引用されている。
つぎに前掲藤平論文の『止観私記』の書誌によると、
【表紙】「猪熊」(墨消) 【内表紙】「法華疏八番箱」 【内題】「止観私記 前唐院」
【目次】
第三巻
(1)智度法華偏挙観(2)無漏業潤方便生事(3)約三煩悩一々開四倒事(4)因時未断事
(5)六根浄人伝秘蜜教事(6)破大乗師三徳事(7)以五蘊念処配三徳四徳事(8)体真等三止事
(9)知見等四句事(10)証俗諦有天眼事(11)仏好中道事(12)通教三諦事(13)別教二諦事
(14)大品四智事(15)言世智不照理事(16)蔵通諦智合弁事 通教含中事
(17)別円両教々証二道事(18)四禅四無量止観摂事(19)報仏智有為無為事
(20)以六度対止観事(21)十八不共止観摂事(22)以十四般若証円位事(23)九十五種外道事
(24)阿含如乳等五味事(25)超八円事(26)不定四教発習不同事(27)幻得幻師事
(28)果頭無人事(29)三蔵不知二経相違事(30)舎利弗六住退事
第四巻
(1)十種境界為近方便事(2)花厳十戒三諦事(3)性戒客戒事(4)我人衆生事(5)戒五名事
(6)乗戒倶急事(7)極大遅者不出三生事(8)以析空摂即空事(9)華厳涅槃鬼畜権来実事
(10)観罪性実事(11)小乗無懴法事(12)随自意安楽事(13)善哉三諦知識事(14)旧名睡眠事
(15)五蓋中疑非見諦事(16)以信得入方等生信事(17)処々説破無明三昧事
(18)花厳教本被凡夫事(19)観経不離五欲事(20)以楽説弁六度事(21)成実瓔珞定体不同事
(22)常啼所求般若事
第五巻
(1)無明痴惑本是法性事(2)聖師事(3)病導師事(4)龍王七日興雲事(5)以信忍対教事
(6)信行法行迴転事(7)円融偏観事(8)三悉檀安心事(9)三蔵断見思差別事
(10)引浄名不二門証空門事(11)劫火起時一唾即滅事(12)生不生四住菩薩事
(13)以四住対地持六住事(14)思議惑事(15)折愛取有体愛取事(16)月虧盈事(17)十八空事(18)楞伽七空事
第六巻
(1)正三毒事(2)初習禅破事性二障事(3)二禅猗楽四支事(4)非想無漏有無事
(5)家々一往来事(6)三乗共十地事(7)断欲惑立果事(8)二乗智断菩薩法忍事
(9)本断等四種超事(10)論因即指釈迦事(11)縁四諦断見惑事(12)四教各作下中上事
(13)三根出仮事(14)円人尚為勝別事(15)見思破即無明破事(16)相似破障通無知事
(17)無縁慈悲事(18)空仮即智障事(19)智障煩悩障事(20)無漏薫有漏事
第七巻
(1)二乗道非七八地事(2)五百由旬破事(3)六地初地至宝所事(4)横竪通塞事
(5)七覚是修道事(6)三十七品有漏無漏事(7)已生未生事(8)道品善知識成正覚事
(9)六法三仏性不離事(10)六度十度開合事(11)地持九種九禅事(12)十八不共法事
第八巻
(1)修慈心治貪欲事(2)亦断亦不断事(3)無免衆災事(4)界外四魔事(5)三賢十聖住果報事
第九巻
(1)電光定事(2)大集二禅無内浄事(3)後三果退相事(4)三禅有遍身楽事
(5)二三四背捨有対等色事(6)成論恵倶事
第十巻
(1)由三念処成三解脱事
【奥書】
止観記 前唐院
写本三井善法院
承応二年(一六五三)巳六月日 江州芦浦観音寺舜興蔵
と報告している。これによると『摩訶止観』の第一第二に相当する部分は欠けているようである。

西教寺正教蔵の前唐院撰『止観私記』巻頭部分
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さて『注法華経』に記載されている当該の文章であるが、第三巻の(25)の「超八円事」との項目にあり、本文中には「法華涅槃八教摂不摂事」と小字で肩書きされている箇所にある。その引文は詳しくは、
止観記三云。問曰。化儀外別立非頓非漸化儀。可云九教。答。言八教者。且約所開会前八教。融会体同故不立第九化儀。若能開所開双論者。亦応云九教。
との文章である。読み下しにすると、
止観記の三に云く、問うて曰く、化儀の外に別に非頓非漸の化儀を立てば九教と云うべし。答う、八教と言うは、且く所開に約す。前八教を会して体同に融会す。故に第九の化儀を立てず。若し能開・所開を双論せば、亦応に九教と云うべし。
(訓み下しは『御書システム 注法華経』「訓下本文」項による)
となるであろう。

『注法華経』開経表117番引用箇所(右側7行目)
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この文章を大聖人が直接『止観私記』から引かれたものなのか、それとも他の書からの孫引きなのかはわからない。ただ、同文が興円(一二六二~一三一七)集記の『菩薩戒義記知見別紙抄』(「續天台宗全書 圓戒2」56頁)ならびに『法命集』の教旨上(「興風叢書〔27〕」15頁)にも引用されていて、ことに「超八の円」あるいは「超八醍醐」に関わる引用文とされているようである。(成田)
※本文中、返り点などが付されている漢文に関しては表記の都合上、画像ファイルにてアップしております。


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