宗祖は受持譲与段の、
「釈尊の因行果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す。我等この五字を受持すれば、自然に彼の因果の功徳を譲り与へたまふ」
の結論を導出するために七つの文証を引き、その際に涅槃経と大智度論の文の「沙」を「薩」に置き換えたが妥当な処置とはいえない。その理由を簡潔に説明し、「是好良薬とは寿量品の肝要たる名体宗用教の南無妙法蓮華経」の文との関係について述べたい。
受持譲与段の四つの文証
「涅槃経云薩者名具足等云云。龍樹菩薩云薩者六也等云云。無依無得大乗四論玄義記云沙者訳云六。胡法以六為具足義也。吉蔵疏云沙者翻為具足」
七つの文証の内、四つを示した。四つの下線部を見てほしい。初めの「涅槃経云薩者名具足」の「薩」は涅槃経の「沙者名具足」(沙は具足と名づく)の「沙」を改変している。
次の「龍樹菩薩云薩者六也」(龍樹菩薩の云く薩は六なり)の文は大智度論四念処品の、
「もし沙字を聞けば、すなわち人身の六種の相を知る。沙は秦には六という」
の文の取意で、沙の字を聞けば人身の六根清浄なることを知るという意味であるが「沙」を「薩」に改変している。しかし大智度論は大品般若経(摩訶般若波羅蜜経)の注釈書であり、これは同経広乗品(四念処品)の、
「沙の字門は諸法や六自在王の性が清浄なることなり」
の文に対応しているから「薩」への改変は妥当でない。
無依無得大乗四論玄義記の、
「沙者訳云六。胡法以六為具足義也」(沙は訳して六という。胡法には六をもって具足の義というなり)
の文は、涅槃経の「沙」の字義に対応しているから、涅槃経の「沙」を「薩」に改変していながらこの「沙」を改変しないのは矛盾である。
「吉蔵疏云沙者翻為具足」(吉蔵の疏に云く沙は翻じて具足という)
の文も同じで、この大般涅槃経疏の文は涅槃経の「沙」の字義に対応しているから、涅槃経の「沙」を改変したのにこの「沙」を改変しないのは矛盾である。
「沙」と「娑(薩)」は字義も梵字字形も異なる
梵字の字義や字形を示したものに悉曇四十二字門、悉曇五十字門がある。悉曇は中国では単に梵字の字形と字母を指す名称だったが、日本では梵語の書法・読法・音韻・字義・文法をも含む総称となったらしい。字母とは母音文字と子音文字のこと。字義とは文字に一定の意味を付けることで、これを字門という。それが四十二個、五十個あるのが悉曇四十二字門、悉曇五十字門であり、この二つは別の系統に属する。
安然の『悉曇蔵』第七(『大正蔵』第八四巻四二一~四二二、四四〇~四四七頁)では涅槃経と無依無得大乗四論玄義記と「吉蔵涅槃疏」の悉曇五十字門、並びに大品般若経と大智度論の悉曇四十二字門を引用しているのでそれぞれの「沙」と「娑」の字義を見てみよう。
涅槃経文字品の悉曇五十字門では43番目に、
「沙は具足の義と名づく。もしよくこの大涅槃経を聴けば、すなわちすでに一切の大乗経典を聞持することを得となす。この故に沙と名づく」
44番目に、
「娑は諸の衆生のために正法を演説して心を歓喜せしむ。この故に娑と名づく」
と説明する。同じく無依無得大乗四論玄義記でも43番目に、
「沙は訳して六という。胡法には六をもって具足の義というなり」
44番目に、
「娑は娑偸訳して喜という。喜は経を聞いて歓喜し讃歎するの辞なり。これ今経書契を読む時の声を聴くなり」
とあり、「吉蔵涅槃疏」(大般涅槃経疏)でも43番目に「沙は翻じて具足という」、44番目に「娑はこれ歓喜という」とある。
次に大品般若経広乗品(四念処品)の悉曇四十二字門では10番目に、
「沙の字門は諸法や六自在王の性が清浄なることなり」
16番目に、
「娑の字門は諸法時不可得に入ること、諸法時来転のことなり」
と説明し、大智度論四念処品でも10番目に、
「もし沙字を聞けば、すなわち人身の六種の相を知る。沙は秦には六という」
16番目に、
「もし娑字を聞けば、すなわち一切法一切衆の不可得を知る。娑婆は秦には一切という」
とある。これらは「沙」と「娑」が異なる字義をもつ別物であることを示しており、宗祖がこの『悉曇蔵』第七を披閲していたのは間違いないだろう。
ここで重要なのは「娑」は「薩」とも表記されることで、『密教大辞典』の「サ、娑」の項には「娑」は「薩や鎈等に作る」とある(第二巻七四四頁、1979年増訂第三刷、法蔵館)。その直前に「サ、沙」の項があり、それぞれ該当する梵字を提示している。つまり「娑(薩)」と「沙」は字義も梵字の字形も異なる別物なのであり、おそらく宗祖はこれをご存知だったであろう。なお「サ、娑」の項に、
「涅槃経八には沙者為諸衆生演説正法令心歓喜と云ふ」
というふうに涅槃経の文を引くが、この「沙」は「娑」の誤植なので注意してほしい。
ある研究者は、宗祖閲覧の涅槃経と大智度論では「沙」を「薩」に表記していたのかもしれないという。そうであれば宗祖の改変でないことになるが、「沙」と「薩」は字義も梵字の字形も異なるからそうしたことはなかっただろう。しかも宗祖は『注法華経』第一巻裏二九三番に涅槃経の文を、
「涅槃経〈四十経〉の第八、如来性品。沙は具足の義と名づく。もしよくこの大涅槃経を聴けば、すなわちすでに一切の大乗経典を聞持することを得となす。この故に沙と名づく」
と、正しく「沙」と記しているのである。
よって、
- 1561年の日我『観心本尊抄抜書』の「薩も沙も同じ事なり」
- 1695年の日講『観心本尊抄啓蒙』の「薩の字を半韵に用れば沙と音同じき故に通用すと見へたり」
- 1727年の日好『観心本尊抄扶老』の「沙は薩の字と同じく通ず」
という見解は適切でない。涅槃経と大智度論の文の「沙」から「薩」への置き換えが宗祖の意図的な操作なのは疑いなかろう。
五重玄義を具備する妙法蓮華経
そこで改めて注目したいのは第二十四答の、
「是好良薬とは寿量品の肝要たる名体宗用教の南無妙法蓮華経これなり」
の文である。妙法蓮華経に五重玄義を具備するというこの指摘は重要で、『法華玄義』は宗玄義について、
「宗とは要なり。いわゆる仏の自行の因果をもって宗となすなり」、
「因は久遠の実修を窮め、果は久遠の実証を窮む」
と説明する。「仏の自行の因果」とは仏が自ら修行した因と、それによって証得した果という意味であるから、久遠以来の釈尊の因行果徳が妙法に具足することになる。しかも結要付属の「如来一切の甚深の事」の経文を、
「如来所有の一切甚深の事とは(中略)因果はこれ甚深の事なり」
『法華文句』でも、
「一切深事とは因果はこれ深事なり。これは妙宗を結するなり」
と釈すから、やはり妙法に釈尊の因行果徳が具足することになる。第二十四答では結要付属の経文も引用する。
令和五年六月のコラム「『観心本尊抄』受持譲与段は宗祖の確信」に述べたように、受持譲与段
の「釈尊の因行果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す」の結論は涅槃経と大智度論の文を改変し
なければ導き出せないもので、いわば、〈そうであるに違いない〉という宗祖の主体的な確信、決
断の言であり、ここに思想家としての独自性があろう。庵谷行亨氏も「経論の文字を変える主観的
受容は非論理的であるが、その飛躍が思想信仰に生きる宗教者としての主体性であったといえよ
う」と述べている。宗祖の確信、決断を後押ししたのが、天台智顗の釈であったといえるのではな
かろうか。
『注法華経』神力品の結要付属のところに『法華文句』の「一切深事とは因果はこれ深事なり。
これは妙宗を結するなり」の文を記し(第七巻四二番)、『曾谷入道殿許御書』でも結要付属の法
を「妙法蓮華経の五字、名体宗用教の五重玄なり」と記したのは智顗釈を重視してのことである。
受持譲与段の結論と智顗釈に緊密な関係を想定してよいのではないか。(菅原)

『観心本尊抄』の「是好良薬寿量品肝要名体宗用教南無妙法蓮華経是也」の文
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『曾谷入道殿許御書』の「妙法蓮華経之五字名体宗用教五重玄也」の文
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